第37章 和文英訳の要点
和文英訳は英文和訳の逆の作業で、与えられた日本文を英文に直すことですが、英文和訳は辞書を片手に何とか処理しても、和文英訳となるとJapanese Englishはまだしも、中にははじめからお手あげの人もでてきます。これは、
- 日英両国語の発想のちがいを考えない、あるいは理解していない
- 文意をよく考えず、機械的に日本語を英語におきかえる
- 難しく考えすぎて易しい英語が使えない
などの理由によるものかもしれません。たとえば簡単な例で
「ここはどこですか」を | Where is here? |
Where is this place? | |
What place is here? |
などと訳す人がいます。日本語では「ここ」、「どこ」は代名詞として主語になることができます。しかし字義的にこれに対応する英語のhere、whereは元来副詞で、主語にも補語にもなれません。したがって上の日本文を英語らしく直すとすれば、
What is this place? What place is this?
の2つの文が可能ですが、道に迷っているときのことばと解すれば、
Where am I〔are we〕now?
が一番この場にふさわしい言い方といえるでしょう。
このことから、日本語を英語になおす際、最も根底となることは
- 英文の構造(文法)の基本に通じていること
- 英語の基本的な単・連語や慣用表現をできるだけ多く蓄積し、その運用に慣れておくこと
- それとともに、母国語である日本語そのものについて認識を深め、日英両言語の根本的な相違を理解しておくこと
- そうした上で、直訳に走らず、全体の趣旨を見きわめ、できるかぎり平易で簡潔な表現を志すべきでしょう。
参考までに、日英両国語の最も顕著な特徴と和文英訳の一般的な手順について紹介しておきましょう。
- 日・英語の特徴
日本語の特徴をまず考えてみましょう。- 文を短く切ることを好まない
- 気分的に加えられた無内容な部分が多い
- 「何が-何を-どうする」の関係がしばしば明示されないことがある
- 助詞や敬語の使い分けが微妙で、含蓄のある表現を好む
- ことさらに明確な表現はさけ、あいまいな表現を用いる
- そのため主語や文の一部がしばしば省略される
英語の特徴は上記とはむしろ正反対で、日本語が情緒的・抑制的であるのに対して、英語は論理的・事務的であると言えましょう。
したがって英文を書く場合は、日本語独特の言いまわしにとらわれず、英語的発想で、できるだけ事実や慣用に即した表現を試みることが肝要となります。
たとえば、この点に関して岩田一男氏は『英語に強くなる本』(光文社)の中で次のように述べておられます。
『はじめまして、どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます』
などという慣用的な初対面のあいさつを、I see your face for the first time. などというと、何だか、おまえの顔をはじめて見るがカバに似ているな、などと言われるような感じがします。『どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます』をPlease favor me with your future acquaintance.などと言うのもおかしなものです。
英語では、初対面のあいさつは何というか、と考えて、How do you do? Nice to meet you. と言えばいいのです。
また同氏は、「何にもございませんが、どうぞ隣りの部屋でめしあがってください」というつもりで、それを文字通りThere is nothing, but please eat the next room. とあいさつした知名人の例をあげ、英語ではPlease help yourself to anything you like in the next room. I hope you will like it. と言ったほうが相手に真意を伝えることができると述べておられます。
- 和文英訳の一般的な手順
- (a)文の骨格を組み立てる
- 長い文はいくつかの短文に分けてみる(無意味な語は省く)。
「今度うちにもファックス(ファクシミリ)がひけましたから、どうぞご自由にご利用ください」
I have just had a fax (=facsimile) installed at my house. Please feel free to use it whenever you want (to).
「雨が降っているから、外に出ないで、うちにおいで」
It’s raining. Don’t go out. Stay home. - 文の形式(肯定文、否定文、疑問文、命令文、感嘆文)をきめる
英文和訳の項でも触れましたが、必ずしも原文の形式通りに書く必要はありません。 - 主語と(助)動詞を選定する。
主語の選定がまず第一ですが、無生物も英語ではよく主語になることに注意。それと同時に、動詞では自動詞・他動詞の区別をはっきりさせることも大切です。
なお詳細については、後述の「主語の選定」、および「動詞の選定」の項を参照してください。 - 目的語・補語・修飾語句を英語の定め(文法と慣用)にしたがって正しく配列する。(「第3章 主要文型」を参照)
- できあがった文を必要に応じて結びつけていく。
複文にする場合には、従属関係を論理的にとらえることが肝心です。(「32-3 従位接続詞」を参照)
- 長い文はいくつかの短文に分けてみる(無意味な語は省く)。
- (b)推こうと仕上げ
上の手順に従って一通りの文はできあがっても、語法上の誤りや思い違い、misspellingがないとはかぎりません。そのためには出来あがった文を慎重に点検し、推こうする必要があります。
佐々木高政氏『和文英訳の修業』(文建書房)、松本安弘・アイリン両氏の『科学技術英語の書き方』(北星堂)、大方保氏『和英翻訳のコツ』(ジャパンタイムズ社)にはそれぞれ推こうの仕方についてたいへん行き届いた助言が記されています。それらを参考に推こうと仕上げのポイントを要約してみましょう。- 主語はこれでよいか
- 主語に対する動詞はこれでよいか、自動詞か他動詞か
- 目的語・補語の取り扱いはこれでよいか
- 主語と動詞の人称・数は一致しているか
- (助)動詞の時制はこれでよいか、「完了」にすべきかどうか
- 受動態にすべきか、能動態にすべきか
- 名詞のcountableとuncountableとは正しく使い分けているか
- 冠詞の処理(無冠詞・不定冠詞・定冠詞)はこれでよいか
- 代名詞とその先行語との関係が正しく、はっきりしているか
- 形容詞・副詞等の修飾語句の使い方や位置はこれでよいか
- 前置詞・接続詞は正しく使っているか
- 不定詞・分詞・動名詞は正しく使えているか
- 語 ―― とくに類義語の選択は適切か
- 文の各部分にillogicalな(筋の通らない)ところはないか、あるいは文意があいまいなところはないか)
- 文化的背景などを考えて補足すべきところ、あるいは省略すべきところはないか、強調すべき点がはっきりと出ているか
- 全体として原文の意図やnuanceを正しく伝えているか、表現形式や文体に問題はないか
- 音読してひどく耳障りなところはないか
- 句読記号は正しく使っているか
- spellingに誤りはないか
以上各項目について点検が終わっても、2~3日はそのまま“さらし”(大方氏の言)ておき、あらためて読み返してみると、以前気がつかなかった不備な点、改良すべき点も見えてくるかもしれません。
なお第三者、とくにnativeの校閲が得られればこれにこしたことはありません。
- (a)文の骨格を組み立てる