好評連載コラム 実務翻訳のススメ

37-2 和文英訳の実際上の問題点とその処理

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第37章 和文英訳の要点

前節で述べた「推こうと仕上げ」の各項目の文法・語法的な面は、すでにそれぞれの項でその基本的な用法は学んできました。しかし和文英訳の観点からとくに重要な点で、まだ扱うことのできなかったものを中心に問題点と処理のしかたを考えてみましょう。

  1. 主語の選定
    英語では、命令文、日記文やGood morning. Thank you. など少数の日常あいさつを除いて、主語を省略することはまずありません。
    これに対し日本語は、意味が通じさえすれば、主語はおもてに出さない傾向があります。したがって日本文を英文になおす場合、主語をどのように表すかが大きな問題になります。それは主語のとり方ひとつで様々な文をつくることができるからです。たとえば、
    「最近における科学の進歩は実にめざましい」において
    1. 「科学」を主語にすれば
      Science has made incredible progress in recent years.
    2. 「進歩」を主語にしても、修飾語句との組み合わせ次第で
      Remarkable progress has been made in science in recent years.
      Progress in science has been (quite) remarkable in recent years.
      The recent progress in science has been remarkable.
    3. 「最近」を主語にすれば
      Recent years have seen amazing progress in science.
    4. 「一般人」を主語にすれば
      bMan has made amazing scientific progress in recent years.
      のように表現することもできます。
      結局これは、文を書く人の文体の好みや主語の把握のしかた ―― つまり何を主語として強調するか ―― によって、あるいは英語の慣用的な構文によって決まってくるわけです。
      主語を選定する場合の一般的な留意点をあげてみましょう。
      1. 原文(日本文)に主語がある場合
        1. 原文の主語をそのまま英語の主語にする
          「水は摂氏100度で沸騰する」
          Water boils at 100°centigrade〔100℃〕.
          「わが社は創立30年になる」
          Our company has reached the 30th year of its existence.
        2. 原文の補語を主語にかえる
          「昨日おすすめしたテープレコーダーがこれです」
          This is the tape recorder I recommended to you yesterday.
          「海外旅行で撮った写真があれです」
          Those are the pictures I took during the overseas tour.
          【注】日本語で「~は」「~が」はむしろ「主題」を表すと言えます、したがって、それがそのまま英語の主語になるとはかぎりません。
          とくに「今」「ここ」「そこ」「上」「下」「右」「左」など時間、空間、方向などを表す語に「は」「が」や「も」がついても、英語では副詞または副詞相当語句として用いて、主語にはなりません。
          「こちらは東京よりずっと寒い」
          It is much colder here than in Tokyo.
          「きのうは2月としては珍しく暖かった」
          It was unusually warm yesterday for February.
          「左は古い寺院がある」
          There is an old temple on the left.
          また「~は」「~が」がついていても、別の語を他から補って主語にしたり、あるいは文の構造をかえることも必要になってきます。
          「きみがうらやましい」
          I envy you. (Iを主語として補う、youは目的語)
          「部品がどうかしていた」
          Something went wrong with the parts.
          (主語はsomething、the partsは前置詞withの目的語)
      2. (b)原文(日本文)に主語がない場合
        日本語では日常身辺に関するものほど主語を省くことが多く、これを英文に訳す場合には適当な主語を補う必要があります。
        「いっしょに行きませんか」――「行きたくありません」
        “Will you go with us?” “I’d prefer not to.”
        「何年か前、津波が四国の南岸を襲ったそうだ」
        They say〔People sayまたはIt is said〕that a tidal wave struck the south coast of Shikoku some years ago.
  2. 動詞の選定
    主語が決まれば、次はそれに合わせて適当な動詞を選ばなければなりません。この場合も日本語の動詞を表面的に意味だけとらえて英語の動詞にかえていいとは限りません。英語の動詞には目的語をとる動詞(他動詞)と目的語をとらない動詞(自動詞)の区別があり、しかもひとつの動詞が自動詞・他動詞の両方に用いられることがあるからです。これらはその動詞が用いられている文型によって決まってきますので、動詞の選定にあたっては、この日本文は英語のどの文型に相当するかを見きわめることが第一のポイントになります。
    1. 「~を」「~に」を伴った日本語動詞の処理
      日本語で「~を・・・する」は多くの場合英語でも「他動詞 + 目的語」の形にかえることができます。しかし「~に・・・する」の場合、日本語では自動詞を用いますが、英語では「他動詞 + 目的語」と「自動詞 + 前置詞 + 目的語」の両方の形が可能です。とくにこの「~に・・・する」の場合、動詞の使い分けが重要になります。
      「飛行機は5時すぎに空港に着いた」
      〔他〕The plane reached the airport after five o’clock.
      〔自〕The plane arrived at the airport after five o’clock.

      「彼はまっすぐ病室に入っていった」
      〔他〕He entered the sick-room straight away.
      〔自〕He went into the sick-room straight away.

      「我々は目的地に近づいていた」
      〔他〕We approached our destination.
      〔自〕We came near (to) our destination.

      【注】日本語の「~を・・・する」が英語では他動詞だけでなく、「自動詞 + 前置詞」の形をとることもあります。この場合「自動詞 + 前置詞」は一種の他動詞(準他動詞)と考えることができます。
      「私は先週彼を訪ねたが、あいにく不在だった」
      I called on (=visited) him last week, but unfortunately he was away from home.
      「あなたのお話を聞くのは楽しみです」
      It’s fun for me to listen to your stories.
      「娘はこの春秘書養成学校を卒業する」
      My daughter will graduate from (=finish) secretarial school this spring.
    2. 「~を」「~に」を伴わない日本語動詞の処理
      日本語には「~を」「~に」を伴わず、ただ「・・・する」のように動詞だけ単独に用いる場合があります。これを英訳する場合には、それが他動詞であれば目的語を、自動詞でも準目的語があればそれに応じた前置詞を補う必要があります。
      「この仕事が終わったら飲み屋で楽しむつもりだ」
      I’m going to enjoy myself at the pub when this work is over.
      ( enjoyは他動詞としての用法しかないので、そのあとに目的語のmyselfが必要)
      「あの二人の女性は性格がとても似ている」
      The two ladies closely resemble each other in character.
      ( resembleは他動詞としてしか用いられないので、目的語としてeach otherが必要。形容詞のalikeを用いればThe two ladies are closely〔much〕alike in character. でよい)
      「書くペンを貸してくれませんか」
      Will you lend me a pen to write with?
      ( writeは自動詞、penはその道具、したがって「ペンで書く」と考えれば「で」に相当するwithが必要)
      「このいすは見た目はよいが、すわり心地はよくない」
      This chair is beautiful to look at, but it is not comfortable to sit on.
      ( これもlook at this chair、sit on this chairと考えれば、前置詞のat、onが必要)
      【注】一般に動詞の選定にあたっては、できるだけ平易で、使用範囲の広いもの、たとえばbe、have、do、get、give、make、takeなどをうまく利用し、idiom(慣用語句)の形で使ってみるとよいと言われています(例 have a meal〔walk、bath〕:食事をする〔散歩する、入浴する〕)。
      しかしこれは日常文における場合で、実務文や論文では、「明瞭性」が重視されますので、具体的で意味のはっきりした動詞を用いることが要求されます。
  3. 態の選択 ―― 敬語と文体の処理
    「英文和訳」の項でも触れましたが、一般に日本語は能動態を多用し、英語は受動態を愛用する傾向があります。したがって、能動態形式の日本文を英文になおす場合、まずそれが受動態にかえられるかどうか考えてみてもよいでしょう。ただしその際、
    1.  動詞が他動詞またはそれに準ずるものになるかどうか
    2.  受動態にして文意が不明瞭、不合理なものにならないか
    3. 文全体が英語らしい自然な表現になるかどうか
      などをよく吟味する必要があります。
      「受動態・能動態の実際的使い分け」については、すでに詳しく述べましたので、ここでは主として日本語と英語で「態」の表現がとくに異なる場合と、受動態とまぎらわしい日本語の「敬語」の処理、およびそれに関連して英語の「文体」の扱いかたについてまとめてみましょう。
      1. 感情・損傷などを表す文 ―― 一般に受動態
        この点についても「受動態」の項で若干触れておきましたが、英語では喜怒哀楽の感情や心理を表したり、被害・損傷などを述べる場合には受動態がよく用いられます。
        たとえば、
        「まちの郊外に新しい家がたくさん建ったのを見て驚いた」
        I was surprised to see many new houses built on the outskirts of the city.
        「床上浸水は100戸以上に及んだ」
        More than 100 houses were flooded above floor level.
        1. 感情・心理状態を表す受動態の例
          おどろく be surprised〔astonished、amazed、astounded〕
          こわがる be frightened〔scared〕
          がっかりする be disappointed〔discouraged、dejected〕
          悲しむ be grieved
          困惑する be distressed〔troubled〕
          恥じる be ashamed
          よろこぶ be overjoyed〔delighted、pleased〕
          満足している be satisfied〔contented、gratified〕
          おもしろがる be amused
          興味がある be interested
          感動する be impressed
          夢中になる be absorbed〔immersed〕

          【注】上記の例はそのあとに理由や原因、対象(人・物)などを表す前置詞を伴い、慣用句としてよく用いられます。
        2. 被害・損傷を表す受動態の例
          けがをする be injured 決壊する be breached
          病気にかかる 〔wounded〕 脱線する be derailed
          焼失する be taken ill 不通になる be
          interrupted
          浸水する be burnt
          be flooded
          首になる be dismissed
      2. 慣用としての受動表現
        上記の感情・損傷を表す場合のほか、慣用句として受動態の形式をとるものがかなりあります。
        1. 感情・心理状態を表す受動態の例
          be noted〔celebrated〕for~ ~で有名である
          be used〔accustomed〕to~ ~に慣れている
          be skilled in~ ~に熟達している
          be engaged in~ ~に従事している
          be connected〔concerned〕with~ ~と関係がある
          be filled with~ ~に満ちている
          be crowded with~ ~で混雑している
          be tired〔fatigued、exhausted〕with~ ~で疲れている
          be opposed to~ ~に反対している
      3. 敬語の処理 ―― 受動態とは無関係
        敬語とは尊敬の気持ちを用語の上に表現したもので、「行く」を「行かれる」、「言う」を「言われる」などがその例です。日本語には敬語が特に多く、これが特色の一つになっています。
        英語にはいわゆる文法としての敬語はありませんが、それに近いていねいな表現やけんそんした言い方はあります。ただしそれは「態」とは全く関係はありません。したがって、日本文には敬語の「~れる、~られる」があっても、これを受動態に訳してはなりません。
        もし敬語の感じを出したいと思えば
        1. 短縮形はさける I’m → I am don’t → do not
        2. 卑語・俗語や荒っぽい表現をさける
        3. ていねい語やけんそん語、あるいは改まった(formal)言い方にかえてみる
          Will you・・・? → Would you・・・?
          Can you ・・・? → Could you・・・?
          May I・・・? → Might I・・・?
          Who did you see? → Whom did you see?
          You’d better・・・ → I think you had better・・・
        4. また重みのある語を用いることによって、相手を尊重した感じを出すこともできます。
          Mr. Yoshida advocated that we should do our utmost for world peace.
          (吉田氏は世界平和のために最大限の努力を払うべきことを主張された)
          You contributed a great deal〔much〕to the protection of cultural properties in Japan.
          (あなたは日本の文化財保護に多大な貢献をされました)
      4. 文体の扱いかた
        前項でも触れたように、英語には日本語に相当する敬語はないにせよ、相手の状況あるいは目的によって言い方 - 文体を変えて表現することができます。たとえば、
        1. Tell me about it, will you?
        2. Would you mind telling me about it?

        この2つの文は内容的には同じことを依頼している文ですが、1. は「そのことを話してくれよ」でくだけた言い方、2. は「そのことについて話していただけませんか」で相手に敬意を示した、いわば改まった言い方といえるでしょう。
        一般には1. はinformal styleと呼ばれ、日常親しい者同士の会話や手紙の中でよく用いられます。一方2. はformal styleと呼ばれ、公式の場でのスピーチや(公)文書の作成、あるいは複雑、抽象的な表現をする場合によく用いられます。
        このほか1. と2. の中間に普通の文体(general style)と呼ばれるものがあり、これが実際の言語活動の中では最も多く用いられている文体です。上記の例に合わせるとWill you (please) tell me about it? がこれに相当するかもしれません。
        文体の扱い方でとくに気をつけなければならないことは、formalとinformalを同一の文中で混用してはならないということです。そうでないと木に竹をつないだ珍妙な文になってしまいます。
        これを避けるためには、英語の文体について基本的な知識を持っておくことが必要とされるでしょう。
        • くだけた文体(Informal Style)の特徴
          1. 短縮形を用いる
          2. 不要な語句はなるべく省略する(例:接続詞のthat)
          3. 人を主語にすることが多い
            「彼がどうなったかわからない」
            We can’t tell what’s become of him.
            (= It is impossible to tell what has become of him. あるいは There is no telling what has become of him.)
          4. 進行形をよく用いる
            「すぐ行きます」 I’m coming down soon.
          5. 語順を変える
            「誰を待っているの」 Who are you waiting for?
          6. 単文・重文を用い、長い複文をさける
            「彼は群衆に向かって気ちがいのように叫んだ」
            He shouted at the crowd like a madman.(=He screamed at the crowd as if he were crazy.)
          7. 平易な動詞(句)を用いる
            「彼はまもなく父親の商売を継ぐことになっている」
            He’s supposed to take over(=succeed to)his father’s business very soon.
          8. その他できるだけ易しい語句をえらぶ
            「この周遊券は1ヵ月間有効です」
            This excursion ticket is good (=valid) for a month.
        • かたい文体(Formal Style)の特徴
          1. 分詞構文や動名詞構文をよく用いる
            「他の条件が同じなら、その提案は可決されるだろう」
            (All) Other things being equal, the proposal will be adopted.
            「そのことを彼に通知しなかったので、彼は私をとがめた」
            He blamed me for having neglected to inform him of it.
          2. 「無生物主語 + 他動詞」の構文もよく用いる
            「彼は職務怠慢のため解雇された」
            Neglect of duty cost him his position.
          3. 複文など複雑な構文を好む
            「 科学の進歩は必ずしも人類の幸福とは結びつかず、しばしばその逆となることはまことに遺憾である」
            It is a great pity that the progress of science does not necessarily contribute to the welfare of mankind, and that it often does the reverse.
          4. 倒置構文もよく用いられる
            「彼はその手紙を一目見るや、自分の探していた手紙だと直感した」
            No sooner had he glanced at the letter than he realized that it was the one for which he had been searching.
          5. その他明確な表現を選ぶ
            「政府はぜいたく品には重税を課した」
            The government imposed (=put) a heavy tax on luxuries.
            「 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない」
            The power to administer (=control) national finances shall be exercised (=used) as the Diet shall determine (=decide).
        • 文体の選択と統一
          これら2つの文体の特徴を踏まえたうえで、日本文のニュアンスをよく考え、formalとinformalが混合しないよう、統一した文体で英訳することが大切です。たとえば、
          「われわれは、自己の言動に責任をもたねばならないことは言うまでもない」
          この文は下線を施した部分の表現の堅さからformal styleが好ましいことがわかるでしょう。ですからこれを
          It goes without saying that we’ve got to answer for what we say and what we do.
          とすると、イタリックの部分がinformalでピリッとしません。
          It goes without saying that we should assume (the) responsibility for our own words and behavior.
          とすれば全体として格式ばった調子が出てくるでしょう。
    4. 時制の処理
      日本語と英語の時制の表現の相違については「英文和訳」の項でも触れました。同様に和文英訳においても、日本語の習慣にとらわれて思わぬ誤りをおかすことがあります。ここではとくに日本語の「~する」「~した」を中心に時制の処理を考えてみましょう。
      1. 「~する」の処理
        • 現在完了で表す場合
          現在完了は「過去を背負った現在」で日本語にはない時制だけに、時間の前後関係をよく考えて判断する必要があります。
          「日本に来られてから、どのくらいになりますか」
          How long have you been in Japan?
          「最近の研究は喫煙が肺がんと関係のありうることを示している」
          Recent research has shown a probable relationship between cigarette smoking and lung cancer.
        • 過去で表す場合
          これは間接話法に限らず、複文または重文において多く見られるもので、2つ以上の動作を述べるとき、日本語は最後の動詞だけを過去にして、その前の動詞はすべて現在形で表します。これに対し英語はすべての動詞を過去形で表します。
          「夕食を食べる前にひとふろ浴びた」
          I took a bath before I ate dinner.
          「窓をあけると太陽が山の端に沈みかけていた」
          When I opened the window, I saw the sun sinking behind the mountain.
        • 過去完了で表す場合
          過去の場合だけでなく、英語では過去完了(過去の過去)で表すべきところを日本語ではしばしば現在形を用いています。
          「嵐がおさまり天気がよくなると、私達はまた山頂をめざして登りはじめた」
          When the storm had abated and the weather had cleared up, we began to climb up to the top of the mountain again.
        • 未来で表す場合
          英語でも現在時制で未来の意味を表す例もありますが、前後に未来の意味を含む語句があるときは、未来時制で表すのがふつうです。
          「この週末は自宅にいます」
          I’ll be (at) home this weekend.
          「飛行機はまもなく離陸します」
          The plane will take off in a short time.
        • 未来完了で表す場合
          未来のある時を基準にして、その時の動作・状態の完了(経験・継続)を表す場合、日本語では「~することになる」と言いますが、英語では未来完了時制で表します。
          「 1990年代の中頃までには、産業労働者の年間平均所得はおそらく500万円に達するものと言われている」
          It is said that by the middle of the 1990s the average annual income of workers in industry will almost certainly have reached five million yen.
          「あした雪がやまなければ3日間降り続いていることになる」
          It will have been snowing for three days, if it does not stop snowing tomorrow.
      2. 「~した」の処理
        • 現在で表す場合
          日本語では「腹がへった」「疲れた」「わかりました」「思い出した」と過去的に表現するところを、英語ではI am hungry. I am tired. I see〔understand〕. Now I remember. のように現在的にうけとめます。こうした例は感情や気分などを表す場合によく見かけます。
          「さあ頂上だぞ(頂上に着いたぞ)」
          Here we are at the summit.
          「3月中旬に雪とはおどろいた」
          I am surprised to have snow in the middle of March.
        • 現在完了で表す場合
          英語の現在完了は前述(a)のように「~する」のほか、状況によって「~した」と訳します。
          「給料はもらいましたか」(もらって持っているか)
          Have you got your salary yet?
          「やることがたくさんあるのに、いままで何をしていたんだ」
          What have you been doing all this time, when you have so many things to do?
        • 過去完了で表す場合
          日本語では「過去」と「過去の過去」もともに「~した」で表しますが、英語では2つ以上の過去の事柄を述べる際、そこに時間差があれば、最も近い過去は過去時制で、それ以前のことは過去完了時制で表すのがふつうです。また結果を過去形にすれば原因は過去完了形で表します。詳しくは「過去完了時制」の項を参照してください。
          「最近彼は20年も勤めていた会社を退職した」
          Recently he left the company in which he had been employed for twenty years. (やめた ―― 過去、勤めていた ―― 過去完了)
          「何度も行ったことがあったので、地理はよくわかっていた」
          I knew the neighborhood very well, for I had often been there.
          (わかっていた ―― 過去、何度も行った ―― 過去完了)
    5. 数の処理
      時制と並んで日・英語の相違の大きなもののひとつに「数」があり、それについては「名詞の数」や「数量形容詞」の項で学んできました。ここではとくに和文英訳上注意すべき「数」の取扱いについてまとめてみましょう。
      1. 名詞にぶつかったらまずcountableかuncountableかを確認する(最近の辞書にはたいてい両者の表示C、U が出ている)
      2. countableについては文意に応じて単数・複数を決める
        「 新しい隣人には親切にすべきだ」 (文の趣旨から、隣人は複数にするのが自然)
        You should be friendly towards the new neighbors.
        「めがねはどこにいっただろう」 (めがねはレンズが2枚)
        I wonder where I have left my glasses.
      3. つねに複数形を用いるものに注意する
        衣服装身具(jeansジーパン)、対になった器具(scissorsはさみ)、遊戯(billiards玉突き)、場所(suburbs郊外)、その他(statistics統計学、newsニュース、times時勢など)
      4. 数を表す語と量を表す語の区別
        「多い」「少ない」も、次にくる名詞が「数」を表すものであればmany〔(a) few〕+ 複数形、「量」を表すものであればmuch〔(a) little〕+ 単数形となること。また「数・量」ともに用いられるものにはenough、no、some、any、allなどがあります。
      5. 先行する名詞とあとの代名詞の数をあわせる
        先行する名詞が単数であればそれを受ける代名詞も当然単数、複数であれば代名詞も複数と、必ず数を一致させなければなりません。
        「若い時に勉強しなかったことを後悔する人は多い」
        Many a person regrets that he was not hard-working when he was young.
        Many people regret that they were not hard-working when they were young.

        (Many) a personは単数扱いなのでそれを受ける代名詞はhe、(Many) people〔persons〕は複数なので代名詞はtheyになります。
      6. 主語とそれを受ける動詞も数を一致させる
        動詞にも単数・複数の別があることは、日本語にない英語の語法のひとつです。文の中で動詞は主語の人称・数と一致させなければなりません(上の例文ではregretsとregret、wasとwere)。
        とくに相関接続詞を含んだ文では注意が必要です。これについては「接続詞」の項でも学びましたが、重ねて例文を掲げておきましょう。
        「彼も私も消費税には反対だ」
        この文の主部「彼も私も」を、1. both A and B(A、Bは対等、A + B で複数)、2. not only A but also B(Bが強調)、3. A as well as B(Aが強調)の三通りで表現すれば、
        1. Both he and I (=We) are against the consumption tax.
        2. Not only he but also I am against the consumption tax.
        3. He as well as I is against the consumption tax.

        となります。
    6. 表現の転換 ―― 語順の相違
      英文和訳の項でも述べましたが、たとえば日本語で動詞表現をとるところを英語では名詞表現にすると文がひきしまり、印象もあざやかになることがあります。
      また否定・肯定についても、日本語と英語では逆の表現を用いたほうがかえって効果的な場合もあります。
      なおこれら意図的な転換とは別に、慣用的な熟語(対語)などで日本語と英語では並べ方の順序が異なる場合もありますから注意を要します。
      1. 動詞表現を名詞表現に
        • 「行為者」を表す名詞にかえる
          「妻は早く起きる」
          The Japanese believe in education.
          The Japanese are believers in education.

          「日本人は教育(の価値)を信じている」
          My wife rises (=gets up) early.
          My wife is an early riser.
        • 「have〔take、give、make〕+ 名詞」の形にかえる
          「この本はよく売れる」
          The book sells well.
          The book has good sales.

          「ハワイ旅行の準備はできていますか」
          Have you arranged everything for your journey to Hawaii?
          Have you made the arrangements for your journey to Hawaii?
        • 抽象名詞に言いかえる
          「患者の呼吸が速くなった」
          The patient was breathing quickly.
          The patient had a high respiration rate.

          「この場合金は問題ではない」
          Money is not to be considered in this case.
          Money is no consideration in this case.
        • 名詞表現にかえる場合の注意
          動詞表現を名詞表現にかえる場合、主語(格)が所有格に、副詞が形容詞などに変わって名詞を修飾する形をとることがあります。
          「医者が早くやってきたこと」
          the fact that the doctor arrive quickly → the doctor’s quick arrival
          「エンジンがどの程度効率的か」
          how efficient the engine is → the efficiency of the engine
      2. 否定〔肯定〕を肯定〔否定〕に
        一般に否定は「~しない」、肯定は「~する」と公式的に考えがちですが、和文英訳の場合、文字づらだけで簡単に日本文の否定〔肯定〕= 英文の否定〔肯定〕とはいかないことが数多くあります。言語感覚の相違といってしまえばそれまでですが、ふだんからそうした例には気を配っておくことが必要でしょう。
        • 日本語の否定を英語では肯定で表現する場合
          「彼は科学者なんてものではない」
          He is anything but a scientist.
          「その村には彼しか医者はいなかった」
          He was the only doctor in the village.
          「3日とたたないうちに彼は仕事をやめてしまった」
          He resigned his post before three days had passed.
          「彼女はその間ずっと一言も口をきかなかった」
          She remained silent all the while.
          「待つより仕方がない」 (できることは待つことだけだ)
          All we can do is (to) wait.
          「あんな失敬な男には出会ったことがない」
          He is the rudest person I’ve ever met.
          (=I have never met such a rude person.)
        • 日本語の肯定を英語では否定で表現する場合
          「彼は自分の特異な才能を無駄にした」
          He made nothing of his exceptional abilities.
          「天気が暑いときはビールにかぎるね」
          There’s nothing like beer when the weather is hot.
          「親が死んではじめて親のありがたさがわかる」
          We do not know the value of parents till we lose them.
          「(私は)彼は今日は参加しないと思う」
          I don’t think he will join us today.
          「あんな短気な人に会ったのははじめてだ」
          I’ve never seen such a short-tempered man as him.
          【注】no、never、none、no one、nobody、nothing、nowhere、neitherなどそれ自身に「否定」の意味を含む語を否定語と呼んでいます。このほか弱い意味の否定語にはfew、little、hardly、scarcely、barely、rarely、seldomなどもあります。
          これらは日本語とはかなり異なった否定の仕方で、しかもひんぱんに用いられますので、使い方に慣れていると大変便利です。
          なお詳しくは、「不定代名詞」、「数量形容詞」、「副詞」、「現在完了」のそれぞれに該当する項を参照してください。
      3. 対語の語順の相違
        対語の語順は「遠近:far and near」のように日・英で同じ配列のものもあれば、「あちらこちらに:here and there」のように逆の並べ方をするものもあります。これは発想や習慣の違いなどによるものでしょうが、英訳に当たってはやはり辞書で調べるなりして慎重に処理する必要があります。
        「あの医者は貧富の別なく、どの患者に対しても親切だ」
        The doctor is kind to all his patients, whether rich or poor.
        「梅雨どきは飲食物に注意しなければならない」
        In the rainy season we should be careful about what we eat and drink.
        「大学は東京の西北50キロの丘陵地にある」
        Our campus is situated on a hill fifty kilometers to the north-west of Tokyo.
        「彼はあちこちに(左右に)借金がある」
        He owes money right and left (=everywhere).
        「競技は晴雨にもかかわらず、9時に開始されます」
        The event will start at nine o’clock, rain or shine.
    7. 補足と省略
      以上日本文を英文に訳す場合、語句の選択や表現の転換が必要なことを学んできました。このほかものの見方や生活習慣・文化的背景などを考慮して、ときには原文に説明を補足したり、わずらわしい語句や無用な語句は削除したほうがよい場合もあります。
      1. 補足する場合
        日本語特有のあいまいさをそのまま英語に移そうとすると、相手が困惑するだけではなく、誤解を生む危険もあります。
        「日本語はむずかしい」→「日本語は覚えるのが難しい」
        Japanese is difficult to learn.
        「京都見物はどうでしたか」→「京都の景色は見て楽しかったですか」
        Did you enjoy seeing the sights of Kyoto?
        「お待たせしました」→「お待たせして申し訳ありません」
        I am sorry I have kept you waiting.
        「何かの折はぜひどうぞ」→「お出での節はぜひお寄り下さい」
        When you have a chance to come here, please drop in on us.
        「 20年前にはまだここには電車はなかった」→「20年前にはまだここには電車は走って〔軌道は敷設されて〕なかった」
        Twenty years ago there were no railways running here〔there was no railway (line) laid here yet〕.
      2. 省略する場合
        一般に英語は簡潔を好む傾向があります。そのため重複した表現は切り捨てたり、前後関係から推測できる部分はできるかぎり省略します。これは日常会話・電報・表示・ことわざなどで顕著です。
        「母は行きませんが、私は行きます」
        My mother isn’t going, but I am (going).
        「あの人は若い頃はとても美人だった」
        When (she was) young, she was very beautiful.
        「またあしたお会いしたいですね」
        (I hope to) See you again tomorrow.
        「お名前と住所を教えてください」
        (Tell me) Your name and address, please.
        「貴社の取扱い不注意により、積荷破損到着す」(電報文)
        The shipment reached us in damaged condition due to your careless handling. → SHIPMENT REACHED DAMAGED DUE CARELESS HANDLING.
        「虎穴に入らずんば虎児を得ず ―― ことわざ」
        Nothing ventured, nothing gained.〔proverb〕
        「非売品」 Not for sale.
        「本日売り切れ」 All sold out today.
        なお日本語には「誠心誠意」のように同義語を重ねて調子を高める言い方もありますが、英語ではこれをsincerelyのように一語で表現したほうが簡潔で力強い感じを与えます。同様に「金銀財宝」はwealth、「血わき肉躍る」はexcitingで表すことができます。